8月 24, 2019

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中国の李鵬元首相が死去 天安門事件では民主化要求デモの弾圧を主張

 【北京=藤本欣也】1989年の天安門事件の際に民主化要求デモの弾圧を主張するなど、中国共産党内の保守派として知られた李鵬元首相が22日、病気のため北京で死去した。 90歳だった。中国国営新華社通信が23日伝えた。 28年、上海生まれ(本籍は四川省成都市)。3歳のとき、共産党幹部の実父が中国国民党に処刑され、周恩来(元首相)夫妻の養子として育てられた。 48年から55年までモスクワに留学し水力発電などを学び、81年に電力工業相。副首相を経て88年、趙紫陽総書記(当時)の後任として首相に就任した。 89年の民主化運動では、学生デモへの強硬策を主張し趙氏と対立。6月の武力鎮圧後は国民や国際社会の間で李氏への批判が高まった。趙氏失脚後の総書記に就任するとの観測もあったが、実際には上海市党委員会書記の江沢民氏が抜擢(ばってき)された。 98年、経済通の朱鎔基氏に首相の座を譲り、全国人民代表大会常務委員長(国会議長に相当)に。2003年に引退。1987年から2002年まで15年間、党最高指導部メンバーの政治局常務委員を務めた。 電力閥として知られ、世界最大級の三峡ダム(湖北省)の建設を推進、国内の根強い反対を押し切る形で1994年に着工(2009年に完成)した。 長男の李小鵬氏は、電力関連の国有企業社長や山西省長を経て、現在、交通運輸相。娘の李小琳氏も電力業界で影響力をもつ。一族と電力業界との癒着が取り沙汰されたこともある。 最近、重病説が流れていた。引退してから16年経過しており、現在の習近平体制に与える影響はない。

参照:livedoorニュース

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